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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)10号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 原告は、本願発明が複数個のベクトル列中の要素を比較するものであるのに対し、第一引用例記載のものは、多数の制御対象から順次導入される変換器出力電圧と、各制御対象に対応し順次選択される目標信号電圧とを順次比較するものである点について、実質上の差異は認められないとした審決の認定、判断は誤りである旨主張する(請求の原因四、1)ので、まずこの点について検討する。

(一) 成立に争いのない甲第二号証(本願公告公報)によれば、本願発明は、ベクトル計算装置、特に二つのベクトル列(あるいはベクトルトレース)を比較し、ベクトル列内の各要素間の関係を決定するベクトル計算装置に関するものであり、その目的は、特にベクトル演算に適用される改良された新しい計算装置、さらに、二つのベクトル列を比較し、これらの二つのベクトル列の間の所定の関係を決定するために改良された新しい計算装置を提供することを目的とするものである(同公報第一欄第三五行ないし第二欄第八行)ことが認められる。

ところで、本願明細書には、本願発明におけるベクトル列の具体的内容が特定されていないことは当事者間に争いがないが、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「ベクトルXは要素(X1、X2、X3……XV(X)の配列である。変数XiベクトルXのi番目の要素と呼び、V(X)(略)で定義される要素の数をXの次元と呼ぶ。数値ベクトルXに数値Kを掛けるとベクトルのスカラー積K×X(又はKX)を作ることができ、これはzi=K×Xiを要素とするベクトルZとして定義される(同公報第二欄第九行ないし第一六行)、「ベクトルトレースがバツフア記憶装置から入力レジスタ11および13へ送られる。ベクトルトレースAはABレジスタ11へ、そしてベクトルトレースBはCDレジスタ13へ送られる。これらレジスタは演算比較論理回路15に接続されている。この比較論理回路15は、ABレジスタの内容からCDレジスタの内容をひき算し、二つの信号を出力する。一方の信号はひき算の結果が正の場合論理“1”でありその他の場合“0”である。他方の信号はひき算の結果がゼロの場合“1”でありその他の場合は“0”である。この比較論理回路15の出力は演算比較フリツプフロツプ17に記憶される。演算比較フリツプフロツプ17の出力は復号論理回路16を通して三個のフリツプフロツプ19CL、19CDおよび19CEへ送られる。参照記号CLは「比較の結果小さい」ことを表わし、CGは「比較の結果大きい」ことを表わし、CEは「比較の結果等しい」ことを表わす。」(同第三欄第二六行ないし末行。別紙(一)第1図参照)と記載されていることが認められ、右記載によれば、本願発明におけるベクトル列は、「各々要素を構成する数値が順序配列を持つて並べられた数値の列」ないしは「順序づけられた一連の数のセツト」であると認めるのが相当である。

原告は、本願発明に係るベクトル計算装置により演算・処理されるベクトル列(ベクトルトレース)が、「実時間処理において、順序づけられた一連の数のセツト」と定義し得ることは、当業者にとつて自明のことである旨主張する。

しかし、前掲甲第二号証によれば、本願明細書記載の実施例には実時間処理するものが示されてはいるが、本願明細書には、本願発明におけるベクトル列が実時間処理されるものでなければならないこと及びその理由について何ら記載されていないことが認められ、他に、ベクトル列を右のように定義し得ることが当業者にとつて自明のことであると認めるべき証拠もないから、原告の右主張中、「実時間処理において」の部分は理由がない。

また、原告は、本件優先権主張日当時の技術常識を斟酌して本願明細書及び図面を読めば、本願発明に係るベクトル計算装置は、例えば、「ベクトル問題を数学的に解くため、すなわち、複数の大きなベクトル列の対応するベクトル要素ごとの和あるいは差を計算するといつたような、データの大きな組に対してのベクトル処理を実行するために特別に設計されたデイジタル・コンピユータ」であると定義することができる旨主張する。

しかし、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の記載からは、本願発明に係るベクトル計算装置は、「ベクトル問題を数学的に解くため、すなわち、複数のベクトル列の対応するベクトル要素ごとの和あるいは差を計算するといつたような、データの組に対してのベクトル処理を実行するために設計された演算装置」であると理解することができるだけであつて、本願明細書には、ベクトル列が大きなものであること、データが大きな組であること、演算装置がデイジタル・コンピユータであることの開示はなく、また、これらのことを示唆する記載もないことが認められ、他に、本願発明に係るベクトル装置が原告主張のとおり定義し得るものであることを認むべき証拠はないから、原告の右主張も理由がない。

(二) 成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例記載の発明は、「一個の制御装置で多数の制御対象を順次循環的に制御する走査型多点調節装置において、該装置運転中における装置各部の各制御対象に対する制御動作を順次循環的に点検すると共に、必要に応じその動作状態を表示し得るようにした調節動作検定装置に関する。」(第一頁左欄第六行ないし第一〇行)もので、「走査型多点調節装置においては、各制御対象に対する制御信号は、操作信号発生回路の偏差電圧の極性が変化しない間は不変に保たれるので、各制御対象に対する制御動作が果して誤なく行われているか否かを装置の運転中に調査することが甚だ困難である。」(第一頁左欄末行ないし同右欄第四行)という知見に基づき、「多点の調節動作を順次に点検してその動作状態を示す信号を生じ、必要に応じこれを表示できるようにしたもの」(第一頁右欄第四行ないし第六行)であることが認められる。

ところで、第一引用例には、多数の制御対象から順次導入される変換器出力電圧と各制御対象に対応し、順次選択される目標信号電圧を順次比較して両電圧の差電圧を得、この差電圧の極性に対応する操作信号を発生することが記載されていることは当事者間に争いがなく、更に詳しくは、前掲甲第四号証によれば、第一引用例の発明の詳細なる説明の項に、周知の走査型多点調節装置の一例を示すものとして、「多数の制御対象1、2、………K、………nに対し制御変数の検出器T1、T2、………Tk………Tnを設置し、各制御対象の制御変数を電圧に変換し、この変換出力電圧を回転スイツチS1を介して順次循環的に一個の操作信号発生回路Cの入力端に与える。回路Cは、一つ、又は各制御対象に対応する数の目標信号電圧源を有し、該電圧源の目標電圧と前記入力端に与えられる変換器出力電圧とが比較され両電圧の差電圧を得て、この回路の出力端からこの差電圧の極性に対応する操作信号(例えば回路の開閉信号)を送出する。操作信号発生回路Cの出力端は回転スイツチS2を介して、前記制御対象に対応して設けられた操作信号保持回路F1、F2、………Fk………Fnに接続する。各制御対象に対応して設けられた各保持回路F1、F2、………Fk、………Fnは、前記スイツチS1及びS2の切換動作の一巡する間に順次短時間ずつ与えられる操作信号を、スイツチS2の切換が一巡し再びその入力端に操作信号が与えられるまでの一定期間保持し、この入力操作信号に該当する制御信号を各保持回路に接続されている操作手段W1、W2………Wk、………Wnに送出し、各操作手段を制御する。各操作手段はこの制御信号に従つて該当する制御対象の制御状態をスイツチS1、S2の動作の一巡を周期として不連続的に制御する。」(第一頁左欄第一一行ないし第三五行。別紙(二)第1図参照)と記載されていることが認められる。

第一引用例に記載されている右構成によれば、操作信号発生回路Cの入力端に与えられる変換器出力電圧は、各制御対象から回転スイツチS1を介して出力電圧に相当する数値が順次循環的に与えられることとなるから、変換器出力電圧は、各要素を構成する数値が順序配列されており、操作信号発生回路Cの、目標信号源に納められた各制御対象に対応する目標信号電圧は、順次与えられる前記変換器出力電圧と順次対応して比較されるものであるから、前記変換器出力電圧と同様に、目標信号に相当する数値が順序配列されているものと認められる。

したがつて、第一引用例に記載されている右のものは、各々要素の順序配列を持つている、変換器出力電圧と目標信号電圧とを演算・処理する装置であるということができる。

(三) 前記のとおり、本願発明において、ベクトル列を構成する各要素の順序配列は特定のものに限定されず、各要素を構成する数値が順序配列を持つて並べられていれば足り、本願発明に係るベクトル計算装置は右のような内容を有する複数のベクトル列中の要素を演算・処理する装置であるが、第一引用例記載の変換器出力電圧及び目標信号電圧も、共に各要素を構成する数値が順序配列を持つて並べられており、第一引用例記載のものは、これらを演算・処理する装置である。

したがつて、本願発明におけるベクトル列が、第一引用例記載の変換器出力電圧及び目標信号電圧を構成する、それぞれ順序づけられた数値の配列を包含することは明らかであり、変換器出力電圧及び目標信号電圧を構成する右数値の順序配列は、本願発明におけるベクトル列の実施態様に含まれるものと解するのが相当である。

原告は、第一引用例記載のものは、ベクトル計算装置とはその属する技術分野を異にし、同引用例記載の変換器出力電圧及び目標信号電圧が本願発明におけるベクトル列の実施態様の一つでないことは明らかである旨主張するが、以上認定、説示した理由により採用することができない。

以上のとおりであるから、本願発明が複数個のベクトル列中の要素を比較するものであるのに対し、第一引用例記載のものは、多数の制御対象から順次導入される変換器出力電圧と各制御対象に対応し順次選択される目標信号電圧とを順次比較するものである点について、実質上の差異を認めることができないとした審決の認定、判断に誤りはなく、請求の原因四、1の主張は理由がない。

2 次に、原告は、「大小等所定の関係を有する要素を指示するに際して、要素の指標を用いて行うか、その要素に対応するランプを点灯させることによつて行うかは、任意に選択し得る設計的事項にすぎない」とした審決の認定、判断は誤りである旨主張するので、この点について検討する。

(一) 本願明細書の特許請求の範囲には、ベクトル列要素の指標を指示する装置が具体的にどのような構成を有しているかについて何ら規定されていないことは、当事者間に争いがない。

原告は、本願発明における「前記比較装置と並列的に設けられ前記所定の関係を有するベクトル列要素の指標を指示する装置」という構成要件の技術的意義は、本願明細書及び図面の記載、特に第1図の実施例の説明として、「論理条件回路21における論理比較条件動作は(中略)このとき指数累算レジスタ45には、指数6においてこの条件が満足されたことを示す指数である「6」が記載されている。フリツプフロツプ25からの信号は、指数レジスタ45からの「6」を示す信号と共に論理積回路31へ送られ、(中略)この様にして出力レジスタ47に「6」が記憶される。そしてバツフア記憶装置は、選択欄レジスタ23において設定された条件がベクトル要素a6およびb6の比較において満たされていることを示す指数「6」を得る。(中略)バツフア記憶装置に記憶される。」(本願公告公報第七欄第九行ないし第八欄第一六行)と記載されていることからも明らかである旨主張するところ、その趣旨は右実施例に関する説明をも斟酌すると、原告は、指数6がベクトル要素a6及びb6の指標であること、すなわち、前記構成要件における要素の指標とは、比較したベクトル列の行次元を示す指数であることを主張しているものと理解される。

そうとすれば、原告の右主張は、審決が要素の指標について、「実施例の記載からみてベクトル要素の項番号に対応するものと認められる」としたことと一致することになるが、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、右項番号を具体的にどのような手段により指示するのかという点についての記載がないことが認められるから、本願発明における、右項番号の指示に関する手段に特徴的な点は存しないものといわざるを得ない。

(二) 前掲甲第四号証によれば、第一引用例には、次のような構成を有する多点調節装置、すなわち、<1>各被制御体(1、2、………K、………n)の制御変数を変換素子(T1、T2、………Tk………Tn)により電気量に変換し、一定順序で調節器Ⅲへ入力すること(第一頁右欄第八行ないし末行)、<2>調節器Ⅲは、入力電圧を回路内の設定基準電圧と比較し、その差電圧の極性に応じた操作信号を出力すること(第二頁左欄第一行ないし第五行)、設定基準電圧esは、摺動抵抗素子31、32、刷子312、321、直流電源33から成り、刷子312、321間を検電端とする電橋Bの刷子312によつて設定され、前記調節器への入力電圧etと電橋Bの検電端電圧eBとの差電圧Δeが増幅器35を介して電動機36に印加されること、電動機36は、差電圧Δeの極性に応じ可逆に回転し、検電端電圧eBが入力電圧etと等しくなる方向に刷子321に移動すること、電動機36の回転方向、すなわち設定基準電圧esと入力電圧etとの差電圧の極性は、水銀スイツチ37によつて検出されること(以上第二頁左欄第五行ないし第三一行)、<3>この調節器においては、切換回路Ⅱよりの選択電圧etを基準電圧esと順次比較し、両電圧の偏差を検出し、出力端子L3、C3間又はH3、C3間に該検出電圧の極性に対応した操作信号(開閉信号)を得るものであること(同第三一行ないし第三五行)、<4>調節器Ⅲの操作信号は、保持回路Ⅳへ送られ、ここで一定期間保持されること(同第三六行ないし第四一行)、<5>保持回路Ⅳにより制御される制御信号発生回路Vは、被制御体制御変数の調節手段(例えば調節弁)を操作する操作部に制御信号を送出すること(第三頁左欄第六行ないし第八行)、<6>表示回路Ⅵは、保持回路Ⅳの動作を表示する回路で、保持回路Ⅳのリレー回路Fに対応するランプyが点灯するようになつていること(同第一六行ないし第二四行)、という構成を有する多点調節装置(別紙(二)第2図、第3図参照)が記載されていることが認められる。

右<1>、<2>によれば、調節器Ⅲに送られる信号(選択電圧et)は、各被制御体(1、2、………K、………n)の制御変数を変換素子(T1、T2、………Tk………Tn)により電気量に変換し、一定順序で送られるものであるから、各被制御体(1、2、………K、………n)からの数値は一定の順序で並べられた「各要素の順序配列を持つているベクトル列」ということができ、前記<2>、<3>によれば、調節器Ⅲで選択電圧etと比較される設定基準電圧esは、摺動抵抗素子31、32、刷子312、321、直流電源33からなり、刷子312、321間を検電端とする電橋Bの刷子312によつて設定されるものであるから、数値が選択電圧etと対応するように一定の順序で並べられた「各要素の順序配列を持つているベクトル列」であるということができる。そして、前記<3>ないし<6>によれば、保持回路は、調節器Ⅲの操作信号に応じて制御され、その状態を一定期間保持するものであり、調節器Ⅲは差電圧の極性に応じた操作信号を出力するものであるから、所定の関係にある要素に対応するものを指示しているものということができ、右指示をする手段としてランプを用い、ランプには番号を付しているのである。

(三) 前記のとおり、本願発明においては、ベクトル列要素の指標(項番号)を指示する装置が具体的にどのような構成のものであるかが特定されていないから、右の指示に関する手段に特徴があるとはいえず、しかも、第一引用例記載のものは、指示手段としてランプを用い、ランプには番号を付したものであるが、所定の関係にある要素に対応するものを指示するという点については、同引用例によつて本件優先権主張日当時公知であつたということができるから、本願発明における要素の指標の指示の点について技術的創作性があるとは認められない。

そして、指示する対象に応じて指示手段が異なることは当然であり、その具体的手段として、ランプの点灯、音、色、絵、数字等各種の手段が考えられ、対象に応じてそのうちの任意の手段を選択することは、当業者であれば格別の工夫を要せずなし得ることであるから、単なる設計的事項にすぎない。

原告は、本願発明においては、バツフア記憶装置から順次転送される複数のベクトル列に対応するベクトル列要素同志を比較し、その比較の結果を表すデイジタル・データ信号に対し、その各ベクトル列要素の指標を指示するデイジタル・データ信号を付けて、これら両信号は一緒に、つまり所定のタイミングで再びバツフア記憶装置へと転送されるものであるとした上、本願発明における「ベクトル列要素の指標を指示する」というのは、バツフア記憶装置から転送されて演算・処理された後、再びバツフア記憶装置に転送されるデイジタル・データ信号の流れについてのことであるから、番号付きのランプの点灯により可視的に表示するように、ある事象の生起や状態の変化などを直接人間の視覚によつて認識できるようにすることとは技術的に全く相違するものである旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲には、「ベクトル列要素の指標を指示する装置」と規定されているだけであつて、「ベクトル列要素の指標の指示する」という点について原告が右主張するところは、本願発明の単なる実施態様にすぎないから、原告の主張は本願発明の要旨に基づかないものであつて採用できない。

したがつて、大小等所定の関係を有する要素を指示するに際して、要素の指標を用いて行うか、その要素に対応するランプを点灯させることによつて行うかは、任意に選択し得る設計的事項にすぎないとした審決の認定、判断に誤りはなく、請求の原因四、2の主張も理由がない。

以上のとおりであるから、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

各々要素の順序配列を持つている複数個のベクトル列を処理する計算装置において、第一のベクトル列を受け入れる装置、第二のベクトル列を受け入れる装置、前記の第一及び第二の受入れ装置に応答して前記の第一及び第二のベクトル列の中の要素を比較する装置、前記の比較装置に応答して前記の第一及び第二のベクトル列の対応する要素間の所定の関係を指示する装置、及び前記比較装置と並列的に設けられ前記所定の関係を有するベクトル列要素の指標を指示する装置、とからなるベクトル計算装置。

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